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御津町商工会

㉕ 御紬玉神社

80.jpg御祭神は住吉大神ですが、地元の人々は御舳玉大神と呼んでいます。その理由は、御津の大神が御津に来られたとき、御船の舳先に立って海路の案内をされた神様で、いわば水先案内人だったからなのです。御津の大神の御供の神の中には、御舳玉大神、磯宮揖取大神、船津大神等がいます。
御舳玉大神は最初から茂松の氏神様として現在地に鎮座されました。この神社の創立は御津神社とほぽ同じ頃と考えられています。
祭日は春秋二度で御津神社と同日でした。いかに両社の因縁が浅からぬものであるかが知られます。旧祭日は4月初申の日で、神前に烏賊を供してお祭りするので、いか祭りといわれるのですが、御津神社でも同じ仕来りが継承されていて、氏子はこのお祭りがすむ前は烏賊を食べない習わしになっていました。
秋は9月15、6日に大祭が行われましたが、今は氏子の都合で祭日はかえられ、4月の第1日曜日となっています。
『三河国官社私考』上巻四七丁目裏に「茂松村の産土神を御舳玉大明神と号ふ、こも御供の神なり。今この社にその時の御船なりとてくり抜きの古き木船あり。何れも御津神社の摂社也」また『三河国宝飯郡誌』に「御船ナリトテクリヌキノ古キ木船アリシヲ享保年中(1716~)本殿改造ノ際誤テ古殿共二焼捨シ」とあり、どんな形のものであったか残念ながら今は知ることはできません。

       みと歴史散歩❷古道に沿って 平成12年2月発行より