船山古墳を出て県道372号に戻り、県立御津高等学校方面へ北西に向かう。700m行くと御津高校に着くが、その東隣りの山頂に茂松城跡がある。
茂松城は字名より高坂城ともよばれる。いつ誰が城を築いたのかよく分からないが、細川兵部少輔勝久や牧野成時の六男ともいう牧主計が城主であったとも伝えられる。山頂に築かれた山城であり、主郭の平面形は方形で三方を土塁で囲んでいる。南には虎口受けの曲輪、東には井戸跡が残る曲輪、北には空堀が設けられており、軍事化された居館の典型である。
城跡は山中にあり、道はありません。
豊川の歴史散歩:❸小坂井の町から御津へ 平成25年10月発行より