観音山古墳をあとに北へ進み、最初の交差点を左にまがる。細い道を小坂井中保育園を右に見ながら進むと東海道本線の踏切に出る。踏切を渡りさらに300m進むと右手に前山集会所がある。前山集会所の周辺はかつて舞々辻とよばれ、歴代の伊奈城主の墓所であった。この墓所は四方に土塁がめぐり、中央に小高い塚があり、土塁の内側は大正の初め頃までは松林だったという。その後この墓所は開墾され、その際に多数の五輪塔や宝篋印塔などが出土したが、それらは東漸寺の墓地に納められた。東漸寺では、平成4年にそれらの五輪塔や宝篋印塔を整理し、初代城主本多定忠から5代城主正忠までの墓碑が修復され、伊奈城主5代の墓所として整備されている。
豊川の歴史散歩:❸小坂井の町から御津へ 平成25年10月発行より
※この書物は豊川市生涯学習課文化財係に著作権があります。『新版豊川の歴史散歩』を販売しています
当会への 問い合わせは遠慮ください。回答出来ません。〈許可を得て掲載しております〉