萩城跡を出て山陰川に沿うように南へ1㎞進むと、善住寺がある。
寺伝によれば至徳年間(1384~1387年)に益甫和尚により開かれたという。天正年間(1573~1592)に戦火で焼失したといい、そのためか古い史料は残されていない。境内建物の多くが昭和63(1988)年に再建され、裏山には広大な庭園が広がっている。境内の東にある墓地には萩奥平家の墓と伝わる、高さ約150㎝ほどの無銘の自然石の立石がある。萩奥平家のくわしいことは分からないが、作手奥平氏が貞久の代に大きく発展して萩の地を領有し、その子主馬允が萩奥平家の初代といわれる。善住寺は、戦国時代に萩奥平家の菩提寺として庇護を受けていたと思われる。
善住寺のヤマモモ 【市指定天然記念物】
ヤマモモは暖温帯に分布する常緑広葉樹で、その果実は食料にもなる。このヤマモモは、幹周りは3.1m、高さは9mあり、寺伝によれば寺が復興された元和年間(1615~1624年)に植樹されたと伝えられている。
豊川の歴史散歩:❺三河天平の里から財賀・萩の山あいを行く 平成25年10月発行より