昭和7年ころ、地元の人が居宅を新築するため、この附近の土を掘ったところ、珍らしい土器が出ました。同じころに、県道国府前芝線の改修が行われた時にも、多くの石器や土器が発掘されました。その1年くらい
に、県の専門家であった小栗鉄次郎氏が視察されましたが、そのままになっていました。
昭和40年から、上佐脇では、大々的な土地改良工事が始まりました。関係者の努力が実り、愛知大学の歌川、大参両先生の指導により、南設楽郡方面へ実習に出向く予定を変更し、40名ほどの学生が常光寺に合宿し、1週間あまりをかけて、学術的な発掘調査を行いました。経費や日数の関係で、ほんの一部の発掘のみに終わりました。かめ棺、壺棺、土器などの出土により、縄文晩期から弥生後期にかけての墳墓地を伴った住居址と考えられました。また朝鮮の通貨、中国銭各1枚、鎌倉時代の陶器片なども発見されました。
昔の音羽川は、上佐脇方面へ迂回し、川幅も100m近くあったらしく、現在は細くなてしまった安藤川ですが、この川沿いには、かなり濃密な遣跡が散在しているように思われます。
この時の出土品は、愛知大学と、一部は御津町にも保管されています。
みと歴史散歩:❸音羽川の周縁 平成12年2月発行より