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御津町商工会

①豊川進雄神社

60-1.jpgJR豊川駅をあとに、北へ向かって400m行くと、前方にこんもりとした森が見える。ここが豊川進雄神社である。社伝によれば、大宝元(701)年の大干ばつの時、旧鎌倉街道沿いの元宮の地に牛頭天王をお祀りして雨乞いのお祭りを行ったことが始まりと伝えられる。
毎年、7月20日前後の金、土、日曜日には、豊川連区内の26町を東と西に分けて行う例大祭が行われる。この祭りは300年以上前から続くもので、ここで奉納される煙火は、綱火、手筒煙火、打ち上げ煙火、小型の仕掛煙火があり夏の夜を彩る。

進雄神社の奉納綱火【県指定無形民俗文化財】
例大祭2日目の中祭の夜に行われる綱火は、鳥居前から拝殿までの約100mの間に、2本の麻綱を約4mの高さに張り、これに綱火煙火を通したもので、東西2つの本会所により奉納される。綱の中央でいったん停止し先方と後方に別れる「行き別れ」、綱の中央でいったん停止し風車が火を噴いて回転し逆噴射して出発点へ戻る「車火」、次々と発射する「追い綱火」をのは煙じめ、七種類の煙火がある。綱火の製法は秘伝とされ、口伝えによって本会所の人たちに継承され、その技は東西の本会所により競われている。当社の煙火の始まりは、万治3(1660)年と寛文元(1661)年の2説があるが、地元に伝わる記録には「寛文元年の6月始まり申し候。車と山ヘ縄を張り縄火大分のことなり、大からくりもあり」と記されている。

大祭
例大祭3日目の大祭には、元宮(稲田神社)までの神輿渡御の神幸行列をはじめとする神事や芸能が行われ、町内はにぎわいをみせる。
午前10時には東西の囃子車が大勢の子どもに引かれ町内に繰り出し、車の前方の縁台上では着飾った子供たちが、太鼓や三味線のお囃子にあわせて踊りを披露する。午後0時30分になると、神幸行列の道中を清める「かぶり獅子」の行事が始まり、おそろいの白鉢巻き・白シャツ・白短パンツ姿の26名が獅子頭を先頭にして、掛け声勇ましく各町内会所に立ち寄りながら全町内を走り回る。そして午後4時には、元宮への神幸行列が出発する。行列は、高鉾・笹踊り・御旗・獅子頭・輿・神馬・瑠璃の壺・伊勢参りなどからなる。笹踊りの衣装は、前日の中祭の「銀錦」から「金錦」とよばれる装束にかわり、道中の6か所で笹踊りが行われる。神社前の道路上に置かれた東と西の大山(山車)の間に行列が到達すると、大山ではお囃子が始まり、行列が再び戻ってくるまで続けられ、神輿が通る時には稚児舞が行われる。神幸行列が神社に到着し、御神体が本殿に戻されると、3日間にわたった例大祭も幕をおろす。

    豊川の歴史散歩豊川の町から牛久保の町へ 平成25年10月発行より