小規模事業者の活躍を応援します。

御津町商工会

◇ みちしるべ 御馬の巻

【右:みなと 左:よし田 道】 
この道標は現在引馬神社の境内にあるが、以前は東御馬の火の見の東40米程の三叉路に建っていた。「みと」とは御馬湊のことで、徳川時代は御城米の積出港として重用され、近郷ばかりでなく遠く奥三河からも年貢米が馬により運ばれ往昔賑わいを見せていた。「よし田」とは現在の豊橋で、この道は下佐脇村を経て吉田へ通じていた。

【右:よし田 左:こゆ】
 西御馬の竹内清次さんの屋敷の角の道ぞいに辻地蔵が祀られており、その地蔵像の六角形の台座にこの文字が刻まれている。ここは昔の平坂街道筋に当り、右を辿れば吉田に至り、左に進めば西方、為当、森及び国府の各村を通って、東海道の宿場駅御油に達する往還道であった。

  【右:よし田 左:こゆう】5-3.png5-2.png5-1.png
この道標は、西御馬の佐藤友二さんの庭に建っており、裏面に御馬村と彫られている識者の言によれば、佐藤さんの屋敷は以前村の戸長役場や学校が置かれた処であるが、道標が建っていた話は聞かない。諸事勘案するに、敬円寺の近くにあったのではなかろうかとの由である。往時の所在はさだかでないが、いずれにせよ村の往還の辻にあって道行く人々に、吉田と御油への行路のみちびきをしていたのである。

        広報みと❶いしぶみ 昭和47年8月20日号より